15.預貯金は遺産分割の対象となるか?
以前の考え方
預貯金が遺産分割の対象となるのは当然ではないか、と思われるのではないでしょうか。
しかし、従来は、相続の対象となった預貯金債権は遺産分割の対象とならず、共同相続人はそれぞれの法定相続分に応じて、銀行に対して払戻を請求することができるとされていました。
つまり、以前の判例では「預貯金は当然、法定の相続割合で分けられる」と判断されており、実務でも、全員が合意すれば預貯金を自由に分けられたものの、話し合いが決裂した場合は民法の法定相続分に従い、例えば「配偶者が5割、残りの5割を子供の数で平等に割る」というように機械的に配分されてきました。
これに対しては、生前に一部の子供に資金援助をしていた場合などでは相続人間に不公平が生じることなどから「預貯金を遺産分割対象にすべきだ」との意見がありました。
また、家庭裁判所の調停などでは相続人全員が合意すれば預貯金も柔軟に分割しており、判例との乖離も指摘されていました。
判例の変更
そのような中で、2016年12月19日の最高裁裁判所大法廷決定は、亡くなった人の預貯金を親族がどう分け合って相続するかについて、「預貯金は法定相続の割合で機械的に分配されず、話し合いなどで取り分を決められる『遺産分割』の対象となる」との判断を示し、預貯金を遺産分割の対象外としてきた判例が変更されました。
決定は「預貯金は現金のように確実かつ簡単に見積もることができ、遺産分割で調整に使える財産になる」と指摘。
「預金者の死亡で口座の契約上の地位は相続人全員で共有されており、法定相続割合では当然には分割されない」として、15人の裁判官全員一致の結論として、以前の判例を変更しました。
問題となったのは、死亡した女性の預貯金約3800万円を巡り遺族2人が取り分を争ったケースです。
1人は約5500万円の生前贈与を受けていましたが、1・2審の決定は従来の判例に従い、法定割合の約1900万円ずつ分配するとしました。
これに対し最高裁決定は、具体的な相続内容を改めて遺族同士で決めるために審理を2審の大阪高裁に差し戻しました。
この判例変更により、多額の生前贈与を受けたような相続人とそうでない相続人の不公平が解消される方向に向かうと思われます。
今後の動向
最高裁において、預貯金債権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象になると判断された結果、遺産分割協議が終わるまでは、共同相続人が持ち分に応じて単独で銀行に対して払戻を請求することができなくなりました。
しかし、これでは、遺産分割協議が終わるまでに、生活費や葬儀費用などで被相続人の預貯金債権の払い戻しが必要となる場合があるにもかかわらず、共同相続人が持分に応じた単独の払い戻し請求ができないことから、共同相続人間で一部分割の合意などをする必要があり、容易に合意が得られない場合に不都合となります。
そこで、2018年に相続に関する民法の改正が行われ、預貯金債権について仮払の必要性があると認められる場合は、家庭裁判所の判断で預貯金債権の一定金額について、単独での払戻が認められるようになりました(改正民法909条の2)。
具体的には、遺産である預貯金債権のうち、相続開始時の債権額の「法定相続分×1/3」については、現行制度のように他の相続人等の合意がなくても単独で権利行使できると改正案で定められています。
これにより、相続人の生活費や葬儀費用を賄うために、相続人が遺産である預貯金債権について、一定額については単独で払い戻すことも可能となり、残された相続人の生活の安定に資することになります。
[民法]
(遺産の分割前における預貯金債権の行使)
第909条の2 各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始の時の債権
額の三分の一に第900条及び第901条の規定により算定した当該共同相続人の相続
分を乗じた額(標準的な当面の必要生計費、平均的な葬式の費用の額その他の事情
を勘案して預貯金債権の債務者ごとに法務省令で定める額を限度とする。)につい
ては、単独でその権利を行使することができる。この場合において、当該権利の行
使をした預貯金債権については、当該共同相続人が遺産の一部の分割によりこれを
取得したものとみなす。
(法定相続分)
第900条 同順位の相続人が数人あるときは、その相続分は、次の各号の定めるとこ
ろによる。
一 子及び配偶者が相続人であるときは、子の相続分及び配偶者の相続分は、各二
分の一とする。
二 配偶者及び直系尊属が相続人であるときは、配偶者の相続分は、三分の二と
し、直系尊属の相続分は、三分の一とする。
三 配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、四分の三と
し、兄弟姉妹の相続分は、四分の一とする。
四 子、直系尊属又は兄弟姉妹が数人あるときは、各自の相続分は、相等しいもの
とする。ただし、父母の一方のみを同じくする兄弟姉妹の相続分は、父母の双方
を同じくする兄弟姉妹の相続分の二分の一とする。
(代襲相続人の相続分)
第901条 第887条第2項又は第3項の規定により相続人となる直系卑属の相続分は、
その直系尊属が受けるべきであったものと同じとする。ただし、直系卑属が数人
あるときは、その各自の直系尊属が受けるべきであった部分について、前条の規
定に従ってその相続分を定める。
② 前項の規定は、第889条第2項の規定により兄弟姉妹の子が相続人となる場合に
ついて準用する。
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